生活工芸の思想2 「生活工芸とは」

川合優 (木工家)  安永正臣 (陶芸家)

司会:山本忠臣(ギャラリー やまほん店主)
会場:ギャラリーやまほん

山本

第2部は安永正臣さんと川合優さんに来ていただきました。僕は、生活工芸の第一世代が生活を見つめることで、工芸、アート、プロダクト、工業といったものをフラットに考えてものを作った点が素晴らしいと思っています。安永さんは、オブジェを中心に作られています。川合さんは木工家です。生活工芸の第一世代の安藤雅信さん、辻和美さんらは、彫刻も作りますが主に器がメイン。でも生活工芸はそれだけじゃないのではないかというところもあって、ふたりをお招きしました。ふたりとも生活工芸の時代といわれる2000年から2010年の間に独立したんですよね。第一世代が独立した頃のバブル期とは全然違う時代だったと思います。

川合

僕は、2010年に独立しました。バブル期は、全然知らないです。大学で美術系の建築をやっていたんですが、建築士は、図面を書いても誰か他の人に作ってもらうしかない。自分でも作れるようになりたいと思った時に、僕にとっては木工が身近にあったのでそれを学べる場所を探したんです。飛騨高山のオークヴィレッジがやっている養成所のようなところに入りました。オークヴィレッジには、毎年若い人がたくさん入ってくるんですけど、仕事を覚えたら辞めてしまうというのがあったようで。養成所は、若い人たちを集めて養成をして、いい人材がいれば会社に入れていこうという場所でした。授業料がない代わりに、労働力を提供して技術を教えてもらうという形です。その後2005年に独立しました。

安永

僕は大学受験にあたって、軽い気持ちで友達が行くオープンキャンパスに同行した時に、星野悟先生というオブジェを焼いている作家さんの作品を見て、ドンという衝撃を受けた感じがあって。家に帰っても忘れられなくて。「こんなん作る人は、どんな人なんやろ。その人を見てみたい」という単純な理由でその大学を受験しました。会ってみたらすごく人間臭くて、わがままな、先生らしくない先生というか。いま思えば、そういう人やったから良かったのかなと思います。そういう衝撃がものづくりを始めたきっかけです。

山本

当時は木工作家が増え始めた頃だと思うんですが、川合くんはどんな感じで世の中を見ていましたか?

川合

始めた当初はもちろん仕事がなく、第一歩目をどう踏み出そうかと思った時にクラフトフェアがありました。当時はほとんどの人がそうだったと思うんですけど、そこでいろんな人と繋がって、注文をいただけるようになって、作ってということからスタートしました。世の中を見ている余裕はなかったですね。

山本

振りかえってみて、当時の工芸作家というのはどんな感じでしたか?

川合

僕が出始めた頃は、クラフトフェアが一番盛り上がっていたいい時期だったと思います。同世代の人たちは、ちょうどその波に乗れたから始められたというのがありますね。いま独立するとなったらできるかどうか。当時はすごく運がよかったと思います。

山本

それはやっぱり、クラフトフェアまつもとを立ち上げた三谷龍二さんのおかげもありますよね。

川合

そうですね。三谷さん。面識はなかったですが、ああいうふうにやっていけるんではないかという感じはありましたね。

安永

僕は大学を卒業して2006年に伊賀に来て、その後、修行に行くこともなく、とりあえず古民家を借りて生活しながらものづくりをしようということから始めました。クラフトフェアに出したことはないんですよね。認識して器を作るようになったのは、この4〜5年くらいのものなんです。それ以前も器らしきものは作っていたんですけど、ろくろをひいている行為とか、焼いているプロセスとか、そういう現象にしか興味がなくて。


生活工芸という言葉を どう捉えているのか

山本

ふたりとも、これまでに生活工芸という言葉を耳にすることはあったと思うんですけれども、第1部での三谷龍二さん、安藤雅信さん、辻和美さんが話したことについてどう感じますか? 生活工芸という言葉と、ある程度まとまりだした生活工芸のあり方というかな。僕が生活工芸をこうやって考えたりしている理由のひとつは、次の世代の作家にこういう考え方があるということを伝えたいというのがあるんですね。それを知ることで、また新しいものが生まれるんじゃないかというのが、今回のトークイベントの趣旨なんです。

川合

今回、この展示会に呼んでいただいて初めて「自分のやっていることは生活工芸に含まれているんだ」とびっくりしました。そんなことは考えたことがなかったので。実は先程、安藤さんがおっしゃったことが僕の考えていることに似ていたというか、同じだなと思ったことがあります。アートとデザインの定義をされていましたけど、僕もアートは、問題提起だと思っています。デザインは、それを解決することだと思っています。自分は木工をやっているので、林業や植物としての木のことを勉強するんですね。木は、春と夏は雨も多く日光が降り注ぐのでたくさん成長します。反対に秋冬、とくに冬場は、雨も少ないので体内に水を溜め込むんですけど、溜め込みすぎると水分が氷になって木が中で裂けてしまう。だから木は、越冬するために彼岸を過ぎるくらいからなるべく水を吸わないようにするんです。新陳代謝を落として成長を遅くする。春夏に成長が早くて、秋冬に遅いんです。たとえば、このフローリングは杉ですけど、木目が粗いということは早く成長してきた、細かいということはゆっくり成長してきたということで、この木がどういうふうに成長してきたかが分かるんです。

僕は、それを理解して「こういう育ちをしてきた木だから、こういうものを作る」と考えていくのが筋が通っていると思っているんです。節がいっぱいある木は、たくさん枝をつけて葉っぱを茂らせてなるべく早く成長させた、人間が植林したものなんです。そういう木は、直径30センチ×4メートルくらいの丸太で1本1000円くらいですね。樹齢は50年くらい。50年育てて、1000円でしか売れないんですから、日本の林業は、完全に崩壊しています。補助金が入るので、どうにかこうにか続けてはいけるんですが、まったくもって産業としては立ちゆかない。家はたくさん建っていますけど、ほとんどは外国の材料を使って建てています。東南アジアの平地で大型機械をいれて大量に伐採したものですね。日本は山が急なので大きい機械が入れず、人間が一本一本チェーンソーで切り出すから価格に反映されてしまう。結果、日本の林業は壊滅的な状態。そういう問題があるからこそ、それを解決したいという気持ちになります。自分が作ることで社会に貢献したいというか。自分が作ることでその問題を解決しようと思って作っていると思います。

安永

僕個人の話なのか、世代の話なのか分からないんですけど、生活工芸に対してのリアリティって本当にないんですよ。恩恵はたぶん受けていると思います。でもそこに入っていきたい、割りこんでいきたいという思いも特にはなくて。生活工芸のギャラリーというよりも、僕が白磁を焼いて、それを売る段階になった時に世の中にあったギャラリーで売らせてもらっているという感覚です。

山本

生活工芸という言葉を使うと、そうやって入るとか入らないという話になってしまうことがよくあります。「リアリティがないから外にいる」とか、新しいとか古いとか、属すとか属さないとか。僕はそういう生活工芸のあり方を変えて、思想として捉えたいと思っているんです。なぜなら、そうでないと、生活工芸はジャンルであったり、団体と同じ扱いになってしまう。フラットに物事を捉えられる時代性というのは、すごく大きいと思うんですよ。僕は産地の焼物屋の家に生まれたので、例えば、桃山陶の焼物バブルの時代は、唐津や備前の作家が百貨店で展覧会をするたびに値段がどんどん上がっていった時代だと思うんですけど、そこでは作品に特色や強さが必要で、工芸専門の人が作る考え方が必要だったと思うんです。生活工芸というのはそういうことではなくて、工業製品があったり、アートがあったりする家の中に必要なものという形で生まれてきていると思うんです。アートがほしいと思って作るなら、それはアートになると。もちろん、茅葺の家に住むこともあると思うんですけど、そのなかで自己を見つけるという姿勢。クリエイティブな仕事をする時や自分を見つめる時のひとつに、生活に根ざした考え方があるんじゃないかということ。僕は、それも生活工芸ではないかと思っているんです。

川合

辻さんが、作品をたくさん広めたいとおっしゃいましたけど……、質問です! 広めた先で何を実現したいと思っているのでしょうか。広めたいと思った根拠を知りたいです。

広めた先でというよりも、まずは作品を多くの人に持ってもらいたいという欲ですね。売るということは広まっていく、広まっていくということで自分が働きやすい、もしくは発言しやすい=自由になっていくという、そういう方程式です。

安藤

生活工芸の特徴のひとつとして、いろんな素材の作家がいるんですよね。ガラス、木工、陶磁器、それぞれ歴史が違うじゃないですか。焼物は歴史が途絶えていないので5000年。ガラスは、ローマガラスも含めれば2000年ありますが、いまの日本の工芸でいうガラスというのは60年代にアメリカで生まれたスタジオグラスが始まりだから、実質50年くらいしかないんですよ。木工も縄文時代から木の器を使っているけれども、三谷さんが作品の雰囲気や、その前のオークヴィレッジやアリスファームも60〜70年代のヒッピームーブメントの人たちが始めたものの流れです。ガラスでいえば、50年の歴史の中では「ガラスでこんなものまでできるんですよ」という自己表現の作品が圧倒的に多いんですよ。その中で辻さんは「シンプルな手仕事のガラスの食器っていいでしょ」と。売りたいと言っているけれども「シンプルなガラスの食器を作る作家がいなかったので、それをやりたかった」。でしょ?

ありがとうございます。は、はい。私より安藤さんの方が私を知っている……(笑)。ガラスアートというのが主流で、食器を作っている人は少なかったですね。

安藤

辻和美じゃなくて「factory zoomer」という工房名にして「これは工房ものです、食器ですよ」っていうところに、彼女の思想が潜んでいると思うんですよね。

川合

ガラスの食器を使うと、生活が良くなるということもあったんですか?

ガラスの食器を使うことで生活が良くなるという簡単な構図ではないですが、少なくとも、人の手でちゃんと作られたモノが日常にあるという暮らしを広めることをしていきたいのだと思います。私たちモノを作る人間が油断をすると、世の中がプラスチックの器や大量生産のものでいっぱいになっちゃうんですよ。なるべく人間の想いがそこにあるものを生活の中で使った方がいいんじゃないかと……。あらためて聞かれると何なんでしょうね? あくまで、限定したくはないですが、比較すると、手で作られた良いモノが生活を支えてくれる気がする。力強い助っ人というか? 下手な料理を美味しくみせてくれたり、一杯の水をスーと喉を通してくれたり、思い出が宿ったり。モノの中には多くの思い出が潜んでいて、父のこと、母のこと、祖母のことを、モノを通して思い出したりする。そういうような気持ちというのは大事にしていきたいと思うわけで、そういう人間の匂いがするものを継続して作って多くの方に渡すことができたら、と思うんですね。

川合

そういうことなんですね。


「きっかけの動機」と「継続の動機」

安永

生活工芸にリアリティがないというのがあって、どういう話をしようかなと思った時に、白磁を焼き始めるきっかけになった出来事を話そうかなと思って、初めて焼いた白磁を持ってきたんです。これ、釉薬がおばあちゃんの骨なんですよ。生まれてから3〜4回しかあったことのないおばあちゃんだったんで、お葬式の時にそんなに悲しくなかったんですけど、火葬場ですごく悲しくなって泣いてしもうて。何かをせなあかんて思ったんですよ。僕ができることは何だろうと思った時に、おばあちゃんの何かを親戚で共有することくらいしかないなと。すごく不謹慎なんですけど、僕ができることはそういうことかなと思ったんです。火葬場の人にお願いして両手に収まるくらいの骨を持って帰りました。それで骨灰を作って、少量を透明の釉薬の中に添加して焼いて親戚のみんなに配りました。ほんとに自己満足なんですけど、それをしばらく家の片隅において眺めていたら「ああなんか、白磁を焼くのはいいんかな」と。なんていうんやろ。白磁を焼く理由ができたというか。それを求めていたわけじゃないけど、白磁を焼きたいと純粋に思えたんです。5年前というと器に対しての意識は全くなく作っていたんですけど、そこから白磁を焼こうと思うようになりました。

器を意識するようになったのは結婚してからなんですよ。3年くらい前に結婚したんですけど、それまでの男の一人暮らしの食事ってほんまにひどいもんで。そんな中で食器を作ってもリアルじゃなかったんですよ。でも窯を焚きたいという思いだけはあって、そのためにはろくろを引かないかんと。ろくろをひいて焼くっていうのを繰り返しているだけだったんですけど、結婚してから実際に家で使ってみたら、やっぱり良くなかったんですよね。その辺りから、やまほんさんとも話しながら、どういう器がいいんかなというのを考えるようになりました。

川合

おばあちゃんの骨の話も林業もそうなんですけど、なぜ作るかという問いかけの中から生活工芸とは何だろうという話になっていくんじゃないかと思いました。

安永

作り手は、ほんとに個人の中にあるもので作っていて。そこがなかったらすごく不安やと思うんですよ。作らなくても世の中は回るし、僕がここで焼物辞めますって言っても誰も困らへんし。僕の家族が食べられないだけじゃないですか。だから、自分がなんでこれを作るのかというところに納得できてないとものづくりは続けられないのかなと思うんです。

山本

続ける動機がなかったら、何を作っていいのか分からないし、正しいのか正しくないのかも分からない。だけど、思想があれば、ものを作るひとつのきっかけにはなると思うんですよ。生活を見つめるという考え方がね。例えば、独立してクラフトフェアに出しても売れないという時に、流行ってるからオブジェを作ろうと思ったとする。けれどあんまり売れない。そういう時にどうしたらいいだろうと。生活工芸の思想というのは、自分が向き合えるひとつのきっかけになると思うんです。民藝の思想もそうですが、そういう形になっていけばいいかなと思って。

安永

その思想っていうのは、きっかけには僕はならないと思っちゃいます。リアルって言ってますけど、その思想にリアリティを感じられないというか。生活工芸というのに馴染めないというか。

山本

僕は、これまで安永くんに、自分がほんまにいいと思うものを作るようにアドバイスをしてきたと思うんですよね。自分が作っているものに関して作っている実感はあるけど、いいと思っている実感はないという時。そういう時に生活工芸の思想というか、生活やものを見つめると分かるということもあると思うんですよ。民藝の思想というのも、あんまり深くは知らなかったり、本を読んでいなかったとしても、時代の中に伝わっていて、40歳より上の工芸家の多くはそこから何かは受け取っていると思うんですよね。そういう思想は必要ないですか?

安藤

でも「きっかけの動機」と「継続の動機」というのは違うと思うよ。安永くんは家族とのこと。川合くんはどちらかというと木の輪廻を考えてる。作家としてこれから10年、20年続けていって、売れていって家族も養えた時に、多分、次の動機が必要になってくる。それが何なのかといった時に、継続の動機として生活工芸は有効ではないかと。問題解決のね。

川合

それは、分かります。

山本

作るきっかけにはならないかもしれないけど、継続のきっかけになるということですね。

安藤

作るきっかけになることもあると思いますよ。川合くんが言っていたみたいに、木が粗末に扱われて売れないということから木工に入ってくる人もいるかもしれない。自己表現というよりは「この木をなんとか使いたいと思って」ということもあるわけでしょ。問題解決をしたいと思ってこの世界に入ってくる人もいるかもしれないですよ。

川合

僕に関していうと、木を扱うことってすごいなあと思っていて。このエキサイティングな気持ちを共有することで、世界がちょっとでも良くなるんじゃないかっていうふうに思っているというか。地球を存続させたいとかは思ってないんだけど……。安永くんは、どう?

安永

すごく分かりますよ。自分には影響力はないと思いつつも、影響を与えたいという想いもすごくあるので。地球平和を願ってるって言ったらスーパーヒーローみたいやけど、多少なりともそんな思いはあります。

川合

木のことに関していうと、樹齢500年、1000年のものを使うことにはすごく罪悪感があるんですよね。自分の都合でそれだけ長く生きてきたものを切ってしまうという。それだけのものを作る価値が自分にあるのか、そういう葛藤の中から、自分は社会に貢献できるような作り方ができるのかと。それができた時に初めてものづくりを続けられるようになったという感じです。安永くんは、材料に関して何かありますか?

安永

陶土はほとんど扱ってなくて、磁器か釉薬なんですけど、ずっと興味があるのは、焼いているプロセスでの現象ということなんです。いまの段階では、社会に貢献するというよりも自分が楽しんでいるというところが強いと思います。

川合

でも、作る過程の中で何かを感じているわけですよね。

安永

焼いたら何か結果が出てきて、その結果からさらなる発見があるという、そこに僕自身の発見を求めていると思うんですよ。僕自身は、発見を積み重ねることを楽しんでいるという感じです。でも、そういうのをひとりでやっていても社会とは関われないので、売ることで関わりたいなと思っています。すごくわがままにものづくりをしたいという想いはありますね。でも弱いんで、すごく媚びた作品もたまに作ります(笑)。

山本

生活工芸ということに話を戻すと、時代の流れとリンクして出てきたと思うんです。生活工芸の作家の社会性については、いままで語られてこなかったですけど、それを一度きちんと振り返ることで、僕は次の世代に繋ぎたいと思っています。

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