生活工芸の思想5 「生活工芸のこれから」

安藤雅信 (陶作家)  内田鋼一 (陶芸家)  辻和美 (硝子作家)

司会:山本忠臣(ギャラリー やまほん店主)
会場:ギャラリーやまほん

山本

第5部。最終回です。僕は、生活工芸には若い作家にとって手がかりになることがいろいろとあるんじゃないかと思って、今回のトークを企画しました。最後に、生活工芸はこれからどういうふうになっていくのか、話をしてみたいと思います。三谷龍二さん、安藤雅信さん、安藤明子さん、辻和美さん、岩田圭介さん、岩田美智子さんは、2年ほど前から海外で「佇まい展」という展覧会をしています。今年はイタリアのミラノで開催されるとのことで(2017/4/3~7 会場:無印良品 MUJI CORUSO BUENOS AIRES 3F/イタリア ミラノ)、そのあたりのことも含めて、まずは安藤さん、お願いします。

安藤

ずっと話をうかがっていて、個人や自由という話の立脚点は、それぞれ違って当たり前だし、このままだと、生活工芸がまとまらないで終わっちゃうなと思っていまして。やっぱり、共通点を探すのが大事だと思うんですよね。「作用」やオブジェという話も含めて、生活工芸なんだろうと思います。

歴史の話と絡めてお話ししたいんですけれども、40歳より下の方には実感がないと思いますが、日本では、明治以降、西洋コンプレックスというのがずっと続いていたと思うんですよね。西洋の文化が上で日本の文化が下と捉えられたり、西洋の文化をそのまま受け入れたがゆえに、ファインアートが上でその下に工業や建築があり、一番下に我々がやっている工芸、いわゆるアルチザンがいる。工芸作家は、アーティストとは呼んでもらえない世界があったと思うんです。でもバブル経済があったことで、西洋コンプレックスというのがなくなった。それが2000年代に繋がって「もうそんなに西洋に学ぶことはないだろう、もっと自信を持ってやっていいだろう」となったのだろうと思っています。我々がいまやろうとしているのは、美術も工芸も分ける必要はないんじゃないかということなんです。日本では江戸時代までは美術も工芸も一緒で分けるという概念はまったくなかったんですよね。ただそこに戻ろうとしているだけだと思うんです。だから「作用」やオブジェという言い方も本来はいらないはずじゃないかと。ただ、概念がないとなかなか説明がしづらいので、仮にということで言葉をつけている。

アーティストの村上隆さんは、現代陶芸の紹介とコレクションをしています。なぜ陶芸に村上隆さんが興味を持ったかと考えてみると、一回海外に出て勝負してみると分かると思うんですけれども、現代美術というのは明らかに欧米のものです。そうすると同じ作品を作っていたら、断然、欧米人優位なんです。そういう世界では日本らしさというのを常に出していかないとまったく相手にされないというのもありますし、彼らに聞かれることは、禅のこととかなんですよね。自分の中に日本の因子というのはあるのか、と考えた時に、村上さんは焼物に興味をもったのではないかと思うんです。そうしたら、その焼物があまりにも安い値段で取り扱われていた。そこに何かを感じて、そこをもっと盛り上げたいということで焼物の世界を活性化しようとしている。村上さんは値段もあげようと思っていて、それはそれでいいと思うんです。


共通点を探していくことで生活工芸の輪郭が見えてくる

安藤

もうひとつは、僕と菅野さんが今年1月の「生活工芸と作用展」(2017/1/18~2/15 会場:la kagu/東京 神楽坂)で話した内容の延長になるんですが、日本ではいままで、現代美術の歴史と工芸の歴史が分かれていたんですが、ひょっとしたら繋げられるんじゃないかというのを感じています。あの時どういう話をしたかというと、1960年代に「もの派」というのがありました。それは三谷さんがさきほど言われた、李禹煥や菅木志雄の現代美術。当時は運動ではなく、あとから「もの派」という名前がつくんですけれども。その作家たちを僕はすごく好きなんですが、その流れが「古道具坂田」に似通っているところがある。だから「もの派」から「古道具坂田」にいって、「生活工芸派」にいって「作用派」にいってというように。坂田さんの眼というものを間に入れて、美術と工芸を繋げた話をしたんですね。その中のひとつのキーワードとして、生活工芸というのがあると思います。いま生活工芸作家と呼ばれていますけれども、本来はそういう括りは必要ないわけです。僕たちは、生活工芸的なるものを作っていて、それ以外にもオブジェとか絵画をやったり、ギャラリーやミュージアムを経営したりというのはあるんですけれども、基本は、生活に寄り添いながらも形を厳選して作り続ける。最初に言ったように、ある種、問題提起や問題解決という社会的な意味も持ちつつやり進めていくのが、生活工芸のキモじゃないかなと思っています。

最近、海外からオファーが来るようになったんですが、どうしてかと分析してみたんですけれども、いま25歳から45歳くらいまでの層が世界的にすごく厚いんですね。いわゆる第二次ベビーブームのミレニアル世代。人口的に厚い上に趣味嗜好がとても似ている。例えば、豪邸や豪華な車は欲しないけれども、生活に使う財布やバッグ、食器はすべて気に入ったもので揃えたい。家の中にいる時間を充実させたい。経年変化するものが好きで、器も貫入のあるものが好きというような人が世界的に増えています。そういう嗜好になった時に、そういうものを一番作っているのが日本であり、そういう作家が多いのが日本であるということなのだろうと思います。彼らは検索能力も高いので、いきなりメールが来るようになったというのがここ数年でしょうか。おそらく作家も世界的に増えていくでしょうし、使い手も世界的に増えていくのではないかと。それが生活工芸のいち側面かなと思っています。

「これからの生活工芸」を考えるのは、すごく難しいと思うんですよ。自分が経験したことというのは、何でもかんでも話せるんですけど……。やっぱりそこには時代背景、その時代に生きる人たちがどういう人たちなのかなというのがすごく関係しています。先ほど、内田鋼一さんから背伸びという言葉がでてきて思ったんですが、まず私や安藤さんの世代と違って、本当に背伸びをしない若者たちが増えてきていると思います。背伸びはしないんだけれども、ネット社会にすごく慣れているので、膨大な情報量の中で流されるわけでもなくサバイブできている。それは、私たちが生活工芸という名前をつけて呼ばなければいけなかった時代とはまったく違う。私たちは、既存の何かに反発して「これではいけない」というふうにやってきた。大きくて派手なオブジェに対して、そんな大きいものや派手なものでなくても、普通の中に美しさがあるということでやってきたんですけれども。そういう精神というのは、多分次の世代にはないと思うんですよね。でも、生活工芸が「あの5人のブームだったね」みたいには終わってほしくないと思っていて、かといって受け継いでほしいかといったら、そういうことも望んではいないんですけれども。

ただ、生活をちゃんと見直したり、ご飯をちゃんと自分で炊いてお弁当にして持って行ったりとか、洋服が破けたら直して着るとか、器作りがどうこうというより、新たに気づかされた生活の大事なことを、ブームで終わらせたくないと思うんです。40歳を過ぎてからの教えなんで、なかなか身につかない慎ましい暮らし(笑)ですが「生活を定点にモノを考えていこうよ!」という哲学は私の全てを変えてくれて、今も自分の考え方の指標でもあります。いろんなことをもう一度見直すチャンスをくれたのが生活工芸だったんですね。あ、「だった」とかいっちゃダメですね(笑)。この5人でおしまいといったらいかんのですね(笑)。これからは、またタイプの違う人たちが出てくるので、それはそれで楽しみにしています。まったく同じものにはならないと思います。方向性を揺らしてくれることをすごく楽しみにしているし、それに対して「負けないぞ」という気持ちでがんばっていきたいなと思いますね。

本当に、いま世界から仕事をいただけることを、ありがたいなあと思っていて。またゼロに帰れるチャンスというか。「佇まい展」というのを、フランス(パリ)、アメリカ(NY)、イタリア(ミラノ)とやっていますけど、日本ではなかなかゼロに帰れないところも、もう一回自分がゼロになって、まったく自分の作品を知らない人たちに「どう思いますか?」とこわごわでも問うていくということができるということで、いまはそれをとても楽しんでいます。


産地の恩恵を受けていることも忘れてはいけない

内田

僕はちょっと立ち位置が違うというのもあって、海外のオファーをいま全部断っているんですね。僕は早い段階から海外でやっていて、それはどちらかというと武者修行。分かりっこない、分かってもらえないというのも分かってたし、アートフェアなんかで立体の大きなものを出してくれという時には、大きな壺とか鉢ばっかりでやって。「日本人が作るものにも、実はこういうのがあるんだよ」という問題提起とか、アンチテーゼのようなこともやってきた。でも、海外ってほんとに修行というか、辛いんですよ。人も来なけりゃ、反応も薄いし。でもやっていると、興味を持ってくれる人の中にクリエイターとかデザイナーがいて「家においでよ」って招待してくれて、行ってみると建物も格好良くて。言葉は通じなくても共通言語的な感覚はあるんだというのが唯一の支えで、毎年いろんな国でやってきた。でもいまは、俺がどういうものを作って、どういうふうに受け入れられているのか分かった上でオファーが来るんだよね。それだったら自分はもういいかなと。

2015年の末にミュージアムを立ち上げたんです。僕は三重県の四日市で、もう28年、焼物をやっているんだけど、四日市には、万古焼っていう地元の焼物があるので、それを伝えること、地域との関わりというか社会性のあることをやってもいいかなと思って。僕が何で焼物を続けてこられたかというと、産地の恩恵を受けているからなんだよね。人間国宝だから、売れっ子だから、高いものを作っているからといって、原材料は違わない。焼物だったら、棚板や道具、窯のレンガは大量生産。そういうところがどんどんなくなっている。産地が疲弊していくとそれにまつわる道具や人もどんどんなくなっていくのね。行政やブランドからアドバイザーとして来てくれといわれて話していると、「あんまり焼物が好きじゃないな」「誇りとは思ってないな」というのがすごく強い。そうだとすると、次の代、その次の代というところまでは繋がっていかないなと。四日市に限ったことでなく、自分の代さえなんとかやっていければいいというのが、全国の産地だと思う。今後は、確かに大量生産、大量消費の時代は来ないと思う。大きなサイクルで作っていたところはどんどんなくなるけど、代わりに個人でものを作る人の入る余地はあるはずで、そういう時代になると、手に職をということで職業訓練校にいく人もいて、人が少なくなったところに入り込んでいっている。ものを作るのは好きだけど、淡々とコツコツとやるのが性に合うという人はたくさんいると思うんですよ。作家になるのがすべてじゃない。ただ単にものを作りたいだけという人の受け入れ体制がないというのも、これからどうなんだろうというのもあって、僕は地域に眼を向けることをやってもいいかなって思ったんです。足元に余裕があるわけではないんだけど、できるようになったんだったらやるのもひとつかなと、ボランティアだけどミュージアムを立ち上げた。

「BANKO archive design museum」といいます。「アーカイブミュージアム」という名前がついているのは、昔の産業遺産的なものにも、ものを作っていくことのヒントや知恵がたくさん入っていて、そういうことをものづくりに生かすことができるんじゃないのっていうこと。普通の美術館とか博物館に展示されている、平安、鎌倉、室町のたいそうなものじゃないところからでも、提案やヒントになることがあるんじゃなかろうかという。僕は、そういうこともひとつの生活工芸だと思っていて。自分が作るものとは違うことでも、できることはあるんじゃないかなと思っています。


生活工芸のこれから

安藤

生活工芸の定義をまとめることは、なかなかできないというか……。でも個人の違いというところでまとめてほしくないというのもあります。川合くんと問題解決というところで繋がったように、最小限の共通点で生活工芸を語ったほうが広がっていくし残っていくのではないかと。「こういう雰囲気のものが生活工芸」というより、その時代時代に問題を見つけてそれを解決していくというのが、長く作家活動を続けていくひとつの道筋になると思うんです。10年、20年続けて、さらに、我々の仕事は定年がない仕事なので、僕なんかは、ボブ・ディランのように70歳過ぎても常に戦っていきたいと思うんですけれども、社会に対して常に問題提起をし、自分なりの答えを提案し続ける。それをやっていくことが生活に寄り添う工芸ということではないかと思います。生活工芸をひとつの概念として、それに賛同してくれる人が、小説家やミュージシャンからも現れるといいなと思いますね。僕らは庶民なんですよ。いつまでたっても、生活工芸は大家にはならないんです。「あの人、まだやってるんだ」というようなところまで一緒に戦っていきたいし、一緒にものづくりしていきたいなと。そういう感じですね。